海に棲む人魚は時に嵐を起こし船を転覆させる恐ろしい生き物である反面、船乗りに恋をする可憐な乙女でもありますが、真水に棲む人魚は、実は人の手で作られるのです。
満月の晩、人魚は生まれます。
暑くもなく寒くもない気候の、風がまったくない夜、月の映る水面を探しましょう。
どんな場所でも可能ですが、水質によって人魚の性質も決まります。清らかな少女が欲しければ混じり気のない澄んだ水を、妖艶な美女をご所望なら、遊女が湯あみをした後の水をこっそりと小瓶に入れて持ち出し、池に垂らしてもよいでしょう。
指を嘗め、無風である事を確認したら、三尺ほどの竹の棒で、水の中を利き手とは逆の手で、一定方向に静かに掻き回します。ゆるい渦が生まれ、月影は崩れます。
月が水に溶けたところに、初潮を迎えたばかりの少女の経血、或いは、堕胎された子供から搾り取った血液を垂らします。新鮮な物ほど、生まれる人魚の美貌は増すのです。
血液が水の中に赤い雲のように広がったら、今度は利き手で、先ほどとは逆方向に水を掻き回します。
月の黄金と血液の赤が混じりあったら、そこに人の骨を投げ入れましょう。いえ、全身でなくとも、ほんのひとかけらでいいのです。骨壷からそっと盗んだものでもかまいません。
ゆるゆると渦巻く水に、骨は翻弄されながら沈みます。
あとは、骨が水底に完全に沈み、自然に水の流れが止むのを待ちましょう。
水が静かになり、再び月の明かりが映ります。
そこで、人魚につける名を呼んでやって下さい。生まれたての人魚は文字を理解しませんが、音にはたいへん敏感です。美しい響きの名がよいでしょう。
名を呼ばれると、人魚は水底から浮き上がり、水面をはねます。
白い肌と虹色の鱗は月明かりに照らされて輝き、その輝きを吸収した飛沫は真珠となって零れ落ちるでしょう。
人魚は、水から半身を出して創造主を見つめている事でしょう。恥じらいもなく乳房を露にし、名を呼ぶ己の主を愛おしそうに見つめるのです。
真水に棲む人魚はこうして生まれるのです。
でも、一つ気をつけなくてはいけません。人の血と骨から出来たこの人魚は、人の肉を喰らうのです。
濡れた花びらのような唇の中には、獰猛な歯が潜んでいるのです。
一目見て彼女らの虜になり、思わず口づけようとして、どれほどの殿方が人魚の餌になった事か……。
おわり
2003/10 |