天上の詩人 2



少女のように見える少年、というのが彼を形容するのに一番近いのではないかと思う。
しかし、彼は少年でも少女でもなかった。
私は母親の股から落とされた時以来、女性と関わったことがないので便宜上男の子として扱っていた。
ラボではその必要がなかったので、髪も切られることなく腰まで伸ばしていた。
白磁器のような肌は紫外線に晒されたことがない為で、顔立ちは東洋系の凛とした造りだった。
曇りのない黒い瞳は、時折驚く程鮮明に対峙する私の顔を映し出す。
その度に私は柄にもなくひどく動揺してしまう。
過去の、多くの子供達がそうであったように、この子もまたどのような力を秘めているのかは、私にはまだわからなかった。
この世に生まれ出た生命の殆どが有しているものを、彼は持たなかった。
それは不具であるとも言えるし、進化のまさに変革期に差し掛かっているとも言えた。
或いは、これから得る何かの為に退化したのかも知れなかった。
いずれにせよ、彼は非常に不安定な状態であることに変わりはなかった。
彼は弱く、常に誰かの監視下、庇護下でないと生きることができない。
見た目にもか弱気だったが、実際の腕力はその外見よりも更に弱い。スプーンを握り、スープを掬って口元まで引き上げるのがやっとだった。

それでもまだ、ラボに閉じ込めていた頃よりはマシになっているはずだ。あの頃は栄養の供給さえ、管を通して消化器官に直に与えていたのだ。
部屋の装飾品は苦労して子供用のデッドストックを探しては取り寄せた。中々、揃いの物は手に入らず、チグハグなインテリアだった。
それを彼が喜んでいるとは思わなかった。ただの私の気休めだった。それは重々わかっていた。
たくさんの電極を取り付けられたまま、調度品が増える度、ぎこちなく首を巡らして部屋の中を眺めていた。
この頃は彼の声帯はまだ未完成で、直接言葉をかわすことはできなかった。言葉を教える許可も未だおりていなかった。
だから彼の意志は、計器の数字を頼る他なかった。腹を空かせていないか、空調は適温になっているか…。
彼の体温や血圧や心拍数、血糖値、脳波等を頼りに何を望んでいるかを探った。
それは私の仕事だった。
しかし、その彼の言葉のない欲求を叶える事ができる度、彼は頬に取り付けられたコードが邪魔そうだったけれど、私に微笑みかけた。
実際には表情筋もそれ程発達していないので、他の局員が見てもその変化はわからないだろう。
でも確かに、彼は微笑んでいるのだ。
欺瞞かも知れないけれど、彼は確かに、私に微笑みかけているのだ。