天上の詩人 3



僕達は古い、もう誰も泊まる客のないホテルに住んでいた。
やたらに寝室が多い我が家だったけれど、慣れると中々居心地は悪くないし、備蓄食料も豊富だった。
衣類は従業員用の制服や、結婚式用の貸し衣装もたくさんあった。
控えめな装飾のホテルだったが、最上階のワンフロアすべてを使った大きな部屋は、濃紺の天鵞絨と絹を重ねた豪奢な天蓋付きのベッドがあった。
金色の猫足のバスタブに湯を張り、彼は僕を呼んだ。さっき着替えたはずのシャツはもう袖口が濡れていた。
きちんと肘まで折って捲りあげればいいのに、いつも適当にたくし上げるだけだから、風呂掃除の最中にずり下がってしまってしまうのだ。
それを見て僕が笑うと、どうせまた濡れるんだから、と頬を軽くつねられた。
彼の手を借りて、僕は着ているものを脱いだ。もっと小さい頃は、ふざけあいながら一緒に風呂に入った。でも近頃は、彼は服を着たまま僕の入浴を手伝ってくれた。
僕の筋力は年令相応には発達せず、背格好は十代半ばに見えるのに腕力は幼い頃からあまり変わっていなかった。
今はまだ自力で歩くことができるが、これ以上身長が伸びれば、僕の足は自分の身体を支えることも出来なくなってしまうだろう。
彼は僕の身体から視線を外しながら、夕食は何を食べたいかとか、昨日見たホラービデオの話をした。
でも泡だらけの手は、僕の身体に触れる度に震えていた。彼は、僕に性的興奮を覚えることにとても抵抗を感じているらしい。
僕が女なら、彼に抱かれることができるのに。
僕が男なら、彼と快楽を共有することが出来るのに。
僕の身体には生殖器がなかった。そのどちらかが存在するはず場所には、排泄口があるだけだった。
だから僕には性的な欲求というものが理解できなかった。もちろん、身体の仕組みとしては理解出来るのだけれど、それを自分で体感することは出来なかった。
でも。
でも、それでも僕が彼を愛おしいと思うことには変わりはない。
研究所の独房のような実験室しか知らなかった僕を、外へ連れ出してくれた。
そこはどこまで歩いても廃虚しかなかったけれど、僕にとってはかけがえのない楽園だった。
それがたとえどんなに、不安定な大地の上にあったとしても、彼が与えてくれた世界が、僕の唯一の生きる世界だった。